「・・・・ぶですか・・・」
「だいじょ・・・ですか・・」
「しっかり・・してください」
声が聞こえた。
その声は自分の意識がもどってくるにつれてはっきりと聞こえてくる。
「しっかりしてください、織姫様!」
うん、織姫?僕は彦ぼ・・・あっそうだった!
織姫という言葉に反応してその娘つまり中身が彦星の織姫の身体がよく起き上がった。
「気づかれましたか?よかったですわ、急に倒れてしまうから心配したのですよ」
見たことのない女性が自分に話しかけてきた。茶色の少し地味な袴のようなものを着ていた。
恐らくこの屋敷の女性の使用人だろう。
「うん大丈夫、大丈夫」
とりあえず生返事を返した。
「それならよかったですわ、きっと貧血にでもなられたのでしょう、少しお休みになられては?」
とにかく下手をうちたくなかった。ばれる心配もあったし、今の状況を把握する必要もあった。
ここは素直に従うべきだろうと判断し、こくりとだけうなずいて甘んじて休みを取ることにした。
そして使用人にいわれるがまま寝室に案内してもらった。
「また何かありましたらお申し付けくださいませ、ではここでお休みください」
「ありがとう」
そういって使用人は中身が彦星の織姫を寝かしつけると部屋からゆっくりと出て行った。
戸が閉まる音を確認すると一気に緊張の糸がほつれ大きく息を吐いた。
さてこれからどうするか?
とりあえず自分の手のひらを見つめた。
自分の手より一回り小さく指は長い。
なにより白くてきれいだった。
牛を毎日飼っていって黒くくすんでしまった自分の手を考えると違和感を覚える。
もっと嫁の身体をみてみたい。
そんな邪まな気持ちと興味本位が入り混じった感情が彦星の心を動かす。
ベットから立ち上がると人一人映し出すのに十分な大きな鏡があった。
覗きみるとそこには美しい天女の姿が映し出されていた。
しかしその姿は股が開いていて少し品がなかった。
だが美しいには変わりない。
顔近づけるとその天女の顔も近づいた。
そしてその天女が自分の世界でもっとも愛おしい織姫の顔であることが分かると胸の鼓動が大きくなる。
か、かわぁいい
顔がつい、にやけた。
天女もぷにぷにの頬を緩ませた。
さらにその表情に胸の鼓動がさらに大きくなりそして顔を赤らめた。
そしてその真っ赤になって恥かしがっている顔に愛おしさを感じまた胸の鼓動が・・・・
メビウスの輪の中で踊らされている気分だった。
「愛しい女子の顔を見るだけでそんなにも幸せになれるとはのう」
どこからともなく声が聞こえて、その声で我に返った。
「あっ、神様!?」
ふと後ろに目をやると神様がこの寝室という空間で雲の上に横たわり織姫になった彦星に話しかけていた。
「どうでもいいが早くせんと入れ替わりの術が解けてしまうぞ」
「はっ、そうだった!」
彦星は本来の目的を思い出して焦り始めた。
「どうしよう、とにかく厨房を探さないと」
すると戸口からノックの音が聞こえた。
さらに慌てる織姫の姿をした彦星。
「姫様?御加減はどうですか?」
戸口からは女性の声が聞こえる。どうやらさっきの女の使用人のようだ。
「だ、大丈夫だぜ、問題ないよ」
女官の声は少し間を置いてからまた声をかけた。
「まだ大丈夫じゃないみたいですね?とりあえず水をお持ちしましたのではいりますよ」
どうしよう・・・
「まぁ慌てるな、わしなら姿を消せる。それよりちょうどいい機会じゃ、あの女に調理場をおしえてもらいなさい。」
神様の助言で少し冷静さをとりもどし落ち着いて「どうぞ」と使用人を招きいれた。
「失礼します」
使用人は御盆の上にあった水の入ったコップを差し出した。
「どうぞ」
「ありがとう」
緊張したり焦ったりでちょうど喉が渇いていたので両手でがっつくようにコップを持ち一気に飲み干した。
「ぷはぁー」
飲みすぎてつい思わずおやじくさい息吐いてしまった。
その豪胆な飲みっぷりに使用人は少し顔をしかめた。
「織姫様。はしたないですよ。そんなに慌てて飲んで」
「ご、ごめん」
使用人は首をかしげながらまだ顔をしかめている。
「姫様。なにかおかしくないですか?意識を失ってから少し変です。」
彦星はギクッとなった。さすがは織姫の使用人。するどいのかもしれない。
「そ、そんなことないよ・・・じゃなくてなくてよ、おほほほほ」
慣れない宮廷の女口調にかえって余計に変に思われたかもしれない。
「あまり変な言葉を覚えないでくださいね、“あの男”が好きなのは分かりますが毒されて品を失ってはあなた様の父君に申し訳が立たなくなりますから」
「あの男」とは多分ぼくのことであろう。
どうやら織姫の態度がおかしいのは僕のせいだとおもってるらしい。
「そ、そうね、以後気をつけるわ」
まぁ自分のせいにされるは癪にさわるが今はそう思ってもらたほうが都合がいい。
「気をつけていただければけっこうです。それよりほかに何か私ができることはありますか?」
使用人がそう尋ねてきたのでちょうどいいと思い厨房の場所を聞き出した。
「よいですが、厨房で何を?まさかお料理を?」
当たり前のような質問をさもありえないようなことのように聞き返した。
「そうだけど?」
使用人は感心したのか驚いたのか分からない表情していた。
「ゴホン、そうですか・・・苦手を克服することはよいと思いますよ」
一度咳払いをする仕草をみせてそう励まされた。
どうやら織姫の料理下手はすでに宮中の知るところにあるらしい。
使用人は厨房の場所を丁寧に教えた。
「ありがとう助かった・・・わ」
「いえいえ、火の元だけはお気をつけください。あと包丁を使うときはお怪我をなされませんように。あと興味本位で秘薬の調合とかは・・・」
どんだけ心配されているんだろうかうちの妻は・・・。
長々と使用人は心配がつきない思いで話すので無理やり言葉をさえぎって「急いでるの!」と言葉を放ち説明された厨房に逃げるように駆けていった。