目を覚ますと自分の家の寝室だった。
若干しびれたのか手や足が痛かった。
「うん?これは?もどれたのか?」
かすかにどんよりした意識の中でどんよりとした顔のまだ雲に乗れない神様がひょいと当然のごとく現れた。
「うむ、もどれたようじゃな。」
神様が当然のごとく現れ、当然のごとく話すので恐らく問題なく無事にもどれたのだろう。
「よかった、神様ありがとうございます!なんだかんだで感謝しています。」
「うむ、まぁたまにはこのような余興もよかろうて、それに感謝するなら下界の者に感謝するのだな」
すると突然神様は最初に杖に張っていた短冊を彦星に渡した。
「これは?」
「まぁ読んでみるがいい?」
短冊にはひらがなでしかも天の川ようなぐにゃぐにゃした文字がかかれていた。
「おりひめさまとひこぼしさまのおねがいごとがかないますよおに」と。
「もしかしてこれは!?」
「そうじゃ下界の子らの願いじゃ、その子たちの願いの力”でおぬしたちの願いを叶えてやったのじゃ。」
彦星は感謝の気持ちがこみ上げてきた。
「ありがたや!ありがたや!神様!是非この短冊を書いた子に感謝の言葉を届けてください。」
「それはできぬが、じゃがお主たちこれから仕事に精をだし一生懸命働けばいずれこの子たちにも伝わるで
あろう。それが今お前ができる唯一の善行じゃ」
とてもさっきまで女体にくらみ雲から落ちた人だと思えないくらいありがたいお言葉だった。
彦星も大人なので神様の言葉を真摯に受け止めることにした。
「ああ、そういえば!」
神様はまた何の前触れもなく手のひらを叩きまた何か思い出したように話かけた。
「どうしたんですか?」
「そういえばお主の体になっていた織姫が帰ってきたときにお腹がすいてるといけないといって夕飯を作っておったぞ」
「えっ?」
感動で少し胸が熱くなっていたがあることに気づいて彦星が一瞬にしてその胸が冷え切った。
「どうしてとめなかったんです!」
彦星はまるで目の前で犯罪を犯そうとしている人を何で止めなかったのか問いただす勢いで言葉を放った。
「いや、わしも止めようとしたのじゃが、『せっかく旦那の家に来たのです。妻である以上、夕げを作るのは私の務め!このくらいは当たり前です』と言い張ってのう」
ため息交じりに手で顔を覆い被せながら落ち込んだ。
ふと自分の手が視界にはいるとところどころに包丁で切ったと思われる細かい傷がちらほら。
さらに足の甲に目をやると見に覚えのない包帯が巻いてあった。
「そういえば織姫のやつ手を滑らせて包丁落としていたのう」
何事もなかったかのようにひょうひょうと語る神様。
彦星は肝が冷えてしまった。
どうやらあやうく織姫に殺されるところだった。
まさか内側から外傷を受けるとは。
「とにかく、せっかく織姫がつくってくれたのじゃ、残さず食べろよ」
その言葉だけ残し、また神様は透けるように消えていった。
「残さず食べろっていわれても・・・」
とりあえず食卓に向かった。
見た目だけは見事に宮廷のような豪勢な料理が並んでいる。
ああ、見た目は。
彦星はしばらく悩んだが神様の「残さず食べろ」という言葉の罪悪感に勝てず意を決して口に料理を含んだ。
できるだけ味を感じないようにかまずに飲み込んでいった。
しかしそれにも限界があり今まで味わったことのない味覚が舌を支配していった。
一瞬、天界にいるはずなのに天の星々を仰ぎ見てしまった。
彦星はそれでもなんとか全部平らげた。
この頑張りは賞金をもらってもいいくらいだと自分で思うも、束の間に何度か厠に行く羽目に。
その後、厠は落ち着いたが体調をくずし三日三晩寝込んだという。
彦星はその間思いました。
織姫はチョコを喜んで食べてくれただろうか?
その頃織姫は自分の体にもどっていた。
そしてちょうど彦星が文字通り真心込めて作ってくれたチョコをほうばっていました。
「おいしい・・・。」
織姫は今度は天女にふさわしい優しく上品な笑みでチョコを頂いていました。
「今度は私がホワイトデーという日にチョコのお返ししなくてはね」
その後彦星はホワイトデーにまた感動と悲劇が訪れることをまだ知らない....
おしまい